円山公園の桜と、咲きこぼれる記憶たち

昨日は京都へ帰省し、三姉妹で円山公園へお花見に行ってきました。

こうして姉妹だけで出かけるのは、いったい何年ぶりだったのでしょう。

思い返してみても、すぐには思い出せないほど、久しぶりの時間でした。

桜はちょうど見頃で、

どこを見ても、人と、春の空気と、淡いピンク。

満開の桜の下を歩きながら、

気づけば話しているのは、子どものころのことばかり。

「あのとき、こんなことして叱られたね」

「家族旅行、楽しかったよね」

次から次へと、懐かしい記憶がほどけるようにあふれてきて、

話は尽きることがありませんでした。

本当は、母も一緒に連れてきたかったのですが、

「人も多いし、たくさん歩くから」と、今回は見送ることに。

そして帰り道、実家へ。

扉を開けた瞬間から、空気が変わる。

母が加わったことで、会話はさらに勢いを増していきました。

女子四人で囲む時間は、あまりにも自然で、あまりにも懐かしくて。

何気ない会話の中で、ふとよみがえる思い出や、

誰かと分かち合うことで、より鮮やかになる記憶。

としたきっかけで、他界した父の話になり、

あの頃のこと、家族で過ごした日々のことを、

ひとつひとつ、確かめるように思い出しました。

もう会えないはずなのに、

名前を口にすると、すぐそばにいるような気がして。

そんな、不思議であたたかな時間でした。

円山公園で見た桜ももちろん美しかったけれど、

それ以上に、私の中に咲いた花がありました。

また来年も、こうして同じように笑い合えたら。

そんな当たり前のようで、かけがえのない願いを、そっと胸に残しながら。

春の一日が、静かに暮れていきました。